教育の理想を求めて
何がわかっているのか
何がわかっているかって。
わかっていないという事、今は、できないという事、理解していないという事がわかっている。
それをどうしたらわかるのか、どうしたらできるようになるのか、どうしたら、理解できるのかそれを知る事なのであり。
わかりましたというのは、せいぜい言ってどうしたらいいのかの目星がついたという意味程度なのである。
しかも、組織では、自分一人がわかればいいというのではない。
そこが学校と根本的に違うところなのである。
学校は、クラス全員が理解する必要はないがチームはチーム全員が理解していなければ成立しないのである。
そこにチームワークがある。
わかっていますと言ったって一番肝心な事はわかっていない。責任をとらなければならない事はわかっても、ではどうやって責任をとったらいいかわからない。これは、永遠のテーマなのです。
上手く責任をとるなんて考えたら責任なんてとれません。せめて潔くありたい、残された者が誇りを失わないよう。
最悪でも、名誉ある撤退ができるように計らうべきなのです。ですから見苦しい態度だけは避けるべきです。それがわかるという事です。
会議室を一歩外に出たら何をすべきかを考えろ。それがわかって、一歩出た時に行動に移せた時、わじめてわかっりましたと言えと叱られたものである。
行動以外私は信じないし、信じてもらえなかった。
いくら頭でわかっても行動に出なければ、結果を出さなければ口が裂けてもわかりましたとは言えない。
わかったら、ただ黙って行動に移せ。
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