教育の理想を求めて

言葉だけに意味があるわけではない



意味を表すのは、言葉だけではない。位置や形、勢い、関係、働き、変化、色、香り、音、熱、味、痛みといった感触などにも意味がある。

例えば姿勢が意味する事もある。ボス猿は、尻尾をピンと立てて自分の立場を誇示する。

我々は、戦後教育の中で、席次だの、旗とか、制服とか、儀式とか、典礼とか、記章とか襟章とか、肩章とかそんなものは何の意味もない事だと教え込まれてきた。
しかし、各々それなりの意味がある。

言葉以上に全体に特別な意味を伝えるのに有効なのである。

学校の先生とか、文部省の役人は何もわかっていない。
特に戦後教育を担ってきた人間は、わかっていない。
なぜ、彼等は教育の本質を理解していないのか。それは彼らが教育というのは、理念、理屈ばかりで考えて相手が生身の人間であることを忘れているからである。
言葉だけで物事の本質、教えたいことが伝われと思っている。そして、言葉以外の事を軽視した。軽視したぐらいならまだましで、徹底的に否定し、破壊してしまったものまでいる。

彼らの多くは、戦後の国是である民主主義とか、自由とか、平等を理屈だけで理解し、あるいは、理解しようとした。その結果自由も民主主義も空疎で中味のないものになってしまったのである。
その結果、教育も空疎で中味のないものになってしまった。
要するに頭でっかちで実のないものに、国も教育も堕してしまったのである。

この傾向は、進歩主義と称する知識人ほど強く見られる。
そして彼らが言論界を支配したがために、教育は大きく歪められてしまったのである。

民主主義や自由というのは、理念よりも法や制度、手続き、仕組み、構造。論理といった実体的な事を重んじる。それによって、表現や思想信条の自由を実現し、担保するそれが根本の考え方である。
だから、形式とか手続きとかに正当性を求めるのである。
ところが日本の民主主義は、戦争の勝者によって与えられた民主主義である。戦後の自称知識人は、自分たちの手で勝ち取ったのでなく、また、生み出したものでない民主主義だから、勝者の意向を忖度し、媚びへつらう事で、民主主義を外側から理解しようとした。
だから、実体的思想であり民主主義を内側から理解する事ができないのである。ただ、外側から、他人事のごとく民主主義を解釈し、まるで新興宗教の伝道者のごとく占領者の顔色をうかがいながら布教してきたにすぎない。

その結果、過去の形が悪いからと言って形式全てを否定するような愚行をしたのである。

近代的国民国家では、象徴や形式というのは、重要な働きをしている。
例えば国旗、国歌。日本の教育の現場では、意味もなく、占領軍の指令で国家や国旗を否定している。これは歴史も然りである。
民主主義国では、儀式や式典、セレモニー、演説、会議、手続き、規則などが重要な役割を果たしている。
また、権威も重要である。ところが日本の教育界は、これも意味もなく、封建的だと頭から否定している。
革命勢力は、体制を弱める目的で意図的に否定している。

乾杯、献杯、万歳、三本締め、一本締め、手打ち、拍手、手拍子、掛け声、中締め、宣言等は組織を動かすうえで重要な情報や指示を全体に伝えている。

組織にも形や名称があり、その形や名称はいろいろな意義や情報を伝えている。
例えば前衛、次方、中堅、副将、大将。

段取りにも、序破急、序盤中盤終盤、起承転結といった形がある。

礼儀作法や儀式、イベントは、良いか悪いかではなく、綺麗か汚いかによって判断される。
綺麗か、汚いかが意味する事が重要なのである。
日本人の価値観の中心は、美意識だと言われている。
それが判官びいき、頭では負けるとわかっていても綺麗に戦いたい、潔く戦いたい。桜の様にパッと咲いてパッと散りたいという価値観が時に優先する。しかし、それは悪いという事ではない。死生観の問題でもある。
大切なのは、それが意味する事である。
例え、負けるとわかっていても次に来る者のために、手本となりたい。
それが日本人本来の精神である。
それを全否定したのが、敗戦後の日本人であり、学校である。
だから、生徒は先生を尊敬しなくなったのである。




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